セツナレンサ

対話のあるせいかつ

帰りたくないと言えずに祈る

水曜日

今日も携帯のバイブ音で目が覚めた。

まだ外が明るくなったばかりの時間だったように思う。

画面には見慣れないアイコンと「元気?」の文字が見えて、いやあまり見えなくてもう一度寝た。

息苦しさと喉の痛みが気になってもう一度目が覚める。

携帯を見ると「元気?」の文字はまだあって、見慣れないアイコンはしばらく昔に見飽きたアイコンだと気付く。

新たに見慣れたアイコンと「おはよう」の文字も追加されていて、すぐに「おはよう」とスルスル画面をなぞって送った。

 

布団がきもちわるくて、脚でぱらぱらと広げ直してみるけどやっぱりきもちわるくて、ずるりと寝返りを打つけどやっぱりきもちわるい。

まばたきがいつもよりしにくい、喉が苦しい、身体があつい、重たい、という実感はだんだんと増してくる。

お昼を過ぎるとその苦痛がわたしのほとんどを支配するほどになる。

声がうまく出なくて、電話越しじゃあなおさら「今日のバイト休みます」が届かない。

届いたら届いたで怒られる。

 

気がついたら高く昇っていたはずの太陽が窓から見えるほどになっていて、体温計は「39.1」と教えてくれる。

スマホには「15:46」とあり、通知欄にはまだ見慣れないアイコンと「元気?」が残っている。

なんの用だよ、と思いながら「げんきだよ」と指を画面にツルツル滑らせながら打つ。

げんきだよ、当たり前でしょ。

 

木曜日

声が全くでなくなった。

母親がわたしの体調不良を心配して電話を掛けてきたが逆に心配を増幅させてしまった。

帰ってきた母親はアイスやらプリンやらを大量に買ってきてくれていた。

愛だな、まじでありがとうだよ。

 

昔風邪でもなんでもないのに1ヶ月ほど声が出なくなったことを思い出す。

たしか高校1年の4月で、高校生活が始まるぞという時に、ヘンテコな声で、しかも自分の笑い声に永遠にツボり続ける変な人というスタートを切った。

私はそういう新しい環境の1歩目の日、もれなく体調不良になり乗り遅れる。

今回も新しいのバイト初出勤を休むことになった。

もう慣れたよ、私という生き物で生きるの上手くなってきたからね。

 

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日曜日

地域の問題に深い解決をもたらす

と書いてある。

「深い解決」が気になってしばらく時が止まる。

「深い問題」があるからには「深い解決」もあるのかもしれないな、考えたこと無かったな。

私は見ての通り文才がない。

だから文を読んでいて目から鱗が落ちることばかり。

表現者は尊敬に値する。

 

火曜日

結局、高熱の原因はコロナだった。

 

月曜日

学校をサボって喫茶店で4時間ほど時間を潰した。

眠たくて五感が鈍感になっていくのを感じて店を出る。

少し散歩をしていると最近よく考えることを、その時も考えていた。

私はこのブログによく、世界を適切に保存したい、とかわけわかんねーことを書くが、そしてそれを文章という媒体を通して行ってみているが、本当にそれは適切に保存出来ているのだろうかと考える。

例えば音だったら、どうだろう。

ああこの気持ちとこの空気を忘れたくない、と思った時、なにか1曲をその場でひたすらリピートしたら、どうだろう。

その曲を聴く度に私はその時の空気や気持ちをありありと思い出せるのではないか。

例えば匂いだったら、どうだろう。

昔一緒にいた人のことを思い出す。独特ないい匂いがする人だった。

バイト中、街中、学校、所構わず似た匂いがするとその人を思い出し、しばらく引き摺ったことがあった。

例えば触感だったら、どうだろう。

わたしには高熱を出したときだけ思い出せる触感がある。

たしかあまりにも嫌な感じで、それを感じただけでああ私体調わるいなぁと思うような、そんな触感。

 

ほかにもたくさん世界を保存する方法はあるんだと思う。

写真とか動画とか変な言葉を作ってみるとか。

でも分からなくて今日も文章書いてます。

 

金曜日

私たちは慣れないオシャレなかふえにいた。

お昼とは言えないくらいの時間になって、来ていると噂の台風は確実に近付いているらしく、ドアに背を向ける私の後ろでけたたましく雨の音が鳴る。

もっと降れと思う。

もっともっとずっと降っていてと思う。

「弱まるといいね」と言う。

もっと強く降れと思う。

雨が上がってしまったら帰るきっかけになってしまうと思いながら祈る。

帰りたくない、と言えずに祈る。

このまま慣れないオシャレなかふえに取り残されたい。

世界はここだけで、ここがすべてで、日も暮れず、目の前に好きな人がいるこの状況で世界が封鎖してしまえばいいと祈る。